3月になって

はじめての日記。物欲(洋服買う欲)がとまらなかったが、個性派の安い洋服をかき集め、物欲は1か月半でやっと終息を迎えました。
3月も中旬。あれから4年がたちました。こうやってあの恐ろしい映像と異様な雰囲気を毎年思い出して、忘れないでいるということが大事で。これからどうするかが大事で。ということで考えながらいきたいなと思う今日この頃。
今日は2121にてMくんと単位展を見に行く予定。かわいいヒゲモジャの子供Mくん。変な人。 
良い展示だといいなー。行った人が人多いよっていってたし。
展示見に行って人にぶつからないようにとか考えたくないんだよなー。でも見に行きたいからしょうがない。展示空間はトラフがやってて、寺田さんも出してるし、きっとおもしろいけどね。

春も近づいては離れてという感じ、徐々に近づいているんだなと花粉の量で実感。25歳の春。

お茶をすする音が気になる

会社でお茶を結構な音をたてて、ズズーっとすする人が最近気になっている。
ズズーッ、一息、ズズーッ、一息、ズズーッ、「はあーー」と最後に深いため息をつく。
団子屋の椅子に腰かけてお茶を飲んでいるかのような感じは会社でそれをやるとなかなかの不釣り合いっぷりである。本人は気づいていないが、同じ事業部内で半数はお茶をすする音を気にしている。
その人のお茶をすする音で舌打ちをし「うるせーなあ」とつぶやく人までいる。当然本人は気づいていない。
普段会社内で「Jwave」のラジオが流れているのだが、この前は結構ハイテンポなビートがエンドレスで流れていた時にその人がお茶をズズーッとすすった。ダダダダ、ズズーッ、ダッダッダ、ズズーッはあー。妙なコラボレーションでなんとなくロロロを思い出した。おもしろい。音楽だわ、こりゃ。

今は寒い冬だから温かいお茶をのんでいるのだろう。きっと春にはおさまるだろう。
まわりの人が気にしているのには気づかずに無事春を迎えてほしいと願うばかりである。

読了記録②「繕い裁つ人」

これは漫画だが、なんとなく感想を書きたかったからとりあえず記録を。
オートクチュールをつくりつづける人の日常的なシーンを切り取ったようなストーリー。劇的な展開はなくても緩やかな進展で関わった人が最後には少し前とは変わっているような気がする。1巻だけ読もうと思ったが、全巻よんでしまった。読み終えた後に知ったが映画化するらしい。


感想としては「そっか。洋服もそうだったな」というなんとなく気づかされたような感じ。
私は空間とか建築物の分野で一貫して考えていることがあって、
人の生活をモデル化やタイプ化して個々に対してでなく大衆向けな発信の仕方というかそういうもののつくりかたに反感があって、私が入っている会社もそうだが万人にウケるものにとらわれていて良いものつくったって感じがしない。でもそれはクライアントがそれを求めているし、そういうものにしかお金を払えないのだということは知っている。
もっと人のスケールにあったもの、個々に対してのものをつくっている現場にいきたいなと考えていて。それを建築をベースとしてやっていこうと最近きめてもう一度学校にいく訳だが。。
この本を読んで、そもそも洋服もそうか。S、M、Lで大衆向けの基準を決めて大体がそういう買い物しかしていないから肩幅や足の長さがピッタリ合っていなくたって、自分のサイズに合っているかどうかなんて考えなくなってくる。色々な服装を選べるようになったからこそ、欲が増大したからこそ、疎くなった部分もあるのだなと。そもそも洋服でなくても住宅でなくても食器も小物も人にかかわるすべてのものが大衆向けに発信されたものを購入して集まってきたもの達ばかりだ。

色々考えていると色々な境目が怪しくなってくる。私はそういう時「そもそもは・・・」と考えてしまうのだが。それは時代性もあるし、個々の考えもそうなってきているのかなと思う今日このごろ。